大審問官覚書

ところで、『お前が今やってきた、向こうの世界の秘密をたとえ一つなりとわれわれに告げる権利が、お前にはあるだろうか?』と老審問官はたずね、キリストに代わって自分で答える。『いや、あるものか、それというのも、昔すでに語ったことに付け加えぬためだし、この地上にいたころお前があれほど用語した自由を人々から取りあげぬためなのだ。お前が新たに告げることは奇跡として現れるからだ。お前にとって人々の信仰の自由とは、すでに千五百年も前のあの当時から、何よりも大切だったはずではないか。あのころしきりに《あなた方を自由にしてあげたい》と言っていたのは、お前ではなかったろうか。ところがお前は今その《自由な》人々をみたのだ』

 大審問官が15世紀ぶりに復活したキリストに語りかけるシーン。キリストは約束された自由な世界のことを、自由な人々(おろかな民衆たち)に教える、伝え、新たに伝えというか、軌道修正してやること、をする権利を持つか?―――いや、そんな権利は無いと、大審問官は言う。
 何故なら、後述する悪魔の三つの試練で、キリストは奇蹟によって民衆を導くことをせずに、自由な信仰を望んだからであり、いま新たにキリストが新しい世界、信仰によって得られる約束された世界のことを、民衆に伝え、1500年前の聖書に新しいページ付け加えるということは、奇蹟になってしまい、奇蹟を礎にして作られた信仰であり、自由な信仰では無くなってしまう。
 大審問官は、自由な人々から自由を奪ってあげた。民衆にとって自由とは負担でしかない。自分の自由な発想で善悪を決め、自ら行動し、それに伴う責任を自らで取る。これら一切はひとつの信仰を持つことで、解決することができる。善悪の判断は聖書なりコーランなりによって、行動の規範も帰依するそれらに従えばよく、また行動に伴う結果は、帰依するそれらに従ったまでのことだから、責任など取る必要が無い。さらに言うならば、現世において思わしくない結果であったとしても、死後の約束された未来においては、思わしく無いとは言い切れない。という不確かな何かがあるわけだ。
 一個、例を出してみる。たかしくんは2アウト1、3塁の場面、一打逆転のチャンスに幼き日にヒーローを胸に勇み、打席に立ちました、そこでリトルリーグの監督であるところの山口監督はタイムを取り、息子である、山口あきらくんをピンチヒッターとして出しました。たかしくんは、清く正しくまっとうにバッティングの練習を日々をお父さんと一緒に続けてきました、たかしくんのお父さんは毎日仕事で疲れているにも関わらず、たかしくんの練習につきあってくれました。夜おかあさんの作ってくれるとんかつはとてもおいしかったです。たかしくんは応援に来てくれた、お父さんとお母さんの顔を見ることができませんでした、お父さんとお母さんと今日の夕飯を食べるときに何を話せばいいいか考えると悲しい気持ちになりますが、世の中コネです。仕様がありません。
 さて、たかしくんはここで何を願うでしょうか。あきらくんの失態でしょうか、それとも、監督があの世で裁かれることでしょうか。それとも次の試合で自分が活躍することでしょうか。
 多分この手のパターンで俺の好きな小説だと、あきらくんは大活躍してチームは逆転勝利を得て、山口監督は得意満面と言った調子になるでしょう。たかしくんは、チームが歓喜に包まれ、あきらくんと、監督を拍手喝采で迎える光景をひとり離れた場所でまんじりともせず眺めているだけでしょう。世の中不条理です。それを受け入れますか?という問いになる。
 1. そういうもんだと考えて、開き直る
 2. 神よ悪魔よ山口一家に不幸を!絶望を!
 3. ひとり敢然と抗議する
これ、3は顰蹙を買うだけなので、2は奇蹟。2が適えられるなら1になる必要は無いけれども、2を適えられないことを知っているから、1になるんだろう。
 じゃぁ、2が適うとしたら?これ、かなりの人が2を選ぶんじゃなかろうか。

 んーなんか方向が違ってきたぞ。軌道修正

 2の修正版で、来世では活躍できるよ。約束するよ。いまは試練の時だからそれをジッと耐え忍ぶべきだよ。ってお母さんが言ったなら?
 たかし「ちょwwwwお母さんなにものwwwwww」

 起動修正
 
 2の修正版で、来世は活躍できる、清く正しくまっとうにやってきたものは、必ず報われるものだし、必ず誰かが見てる、そう約束するという宗教があったとしたら。たかしくんは、んーそうかーじゃぁばっちり練習して、きっちり認められるまで頑張るかーということになるかな。その約束が嘘であったとしても、たかしくんは救われる。嘘を吐いた罪は大審問官が引き受ける。代わりにたかしくんは、頑張れるし、悔し涙も少しは減るだろう。が、キリストの望んだ自由の人々とは、来世やいつか報われること無しであっても、頑張って素振りをする心持ちなのかな、でも、ご褒美無くしては誰も動けないし、ご褒美を約束して貰えずに、頑張って素振りをできる人間なんてのは極一部しかいない。だから、大審問官はたかしくんに頑張っていれば必ず認められると、嘘を約束してあげる。んーやさすぃ

でも、たかしくん疑り深い、じゃぁお前約束してくれる証拠みせてよっていう。頑張ったら、頑張ったなりのご褒美がもらえる証拠みせてよ。

『聡明な恐ろしい悪魔が、自滅の虚無の悪魔が(中略)』《お前は世の中に出て行こうと望んで、自由の約束とやらを土産に、手ぶらで行こうとしている。ところが人間たちはもともと単純で、生まれつき不作法なため、その約束の意味を理解することもできず、もっぱら恐れ、怖がっている始末だ。なぜなら、人間と人間社会にとって、自由ほど耐えがたいものは、いまだかつて何一つなかったからなのだ! この裸の焼け野原の石ころが見えるか?この石ころをパンに変えてみるがいい。そうすれば人類は感謝に満ちた従順な羊の群れのようにお前のあとについて走り出すだろう。もっとも、お前が手を引っ込めて、彼らにパンを与えるのをやめはせぬかと、永久に震えおののきながらではあるがね》

 聡明な悪魔は道端の石ころをパンに変えてみ?そいだら皆これから石がパンになる→わーい、もうご飯の心配する必要ないよってなるから、みんなお前の言うことすげー聞くようになるんじゃねって勧めた。
 よーするに、たかしくんはパンが欲しいんです。地道に頑張ったら、みんなに褒めてもらえるとか、いつかは認めて4番でピッチャーにしてもらえるとか、現世的なご褒美

なんか違うなー やめやめ